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福島まで行ってきた

▼ 2003年 8月 24日

学生時代に大変おせわになった先生、茂澤先生が亡くなった。7月11日のことだったとのこと。
7/15、同じ研究室だった新潟のnagakenのところに突然メールが舞い込んだ。亡くなったとの知らせだった。
みんなでいろいろ確認したところ、本当のことだった。なんとも信じられなかった。
お盆が終わって、たまたま夏休みがとれたので、先生の奥さんに連絡してお線香をあげさせていたけることになった。ちょうどnagakenも行けるとのことで、白河のmachan宅に泊めてもらって3人で行くことになった。

こんな装備で出掛けた。
ひさびさの長距離ツーリング。このSS900では初めてかな?
スクリーンを高速走行用にしまってあった大型スクリーンに変えてみた。
実際高速走ったらどうでしょうね?天気はいいようだけど、反対に暑くなりそうだ。
最初の休憩場所「藤岡PA」
ここは小布施と同じで、ハイウェイオアシスとして、そとからも入れるようになってる。しかも同じような施設があった。
この噴水。
ツナギ着てなきゃ、水浴びしたいくらい暑くなって来たよ。
これがハイウェイオアシスの看板。
なんか丸いヤツがゲロはいてる。ところで、大型スクリーンの効果だけど、普通の姿勢だと、かえって変なふうに風が巻き込んでしまって、不安定になった。ちょっと伏せないと危ないくらいだった。
なんかだ11時にもなると、ものすごく暑くなって来た。
しかもちょうど地獄の50号線に入り、しょっちゅう信号で停められる。なんでこんなに50号線って信号で停められるんだろ。でもなんとか白河インターに12時に着いた。もう熱中症直前かと思うくらい。で、左のmachan宅に案内してもらう。
(写真の男はnagaken)
バイクを置かしてもらったところにいたmachan宅の犬。名前は聞くの忘れた。けっこうでかい。
machan宅から郡山に向かう。まだみんな昼飯を食べていないことに気付いたので、さっそく懐かしの「新華楼」に行った。
なかなか場所が思い出せなくて、そのへんを少々迷ってしまった。結局大学からまっすぐ北に行く道ぞいだった。久々に食べても美味しかった。食べ終わって店主に聞くと15年前から2回ほど改築したそうな。
そして、茂沢先生の研究室にも行ってみた。そしたらなんとも、昔のまま。
いまはいろいろ片付けをしているみたいだったけど。先生の愛車「カブ」も昔のまま。
万力のついた工作台、ボール盤。たまに研究とは関係なく使わせてもらっていた。それから、なぜかある温水器。
先生は「そのうち使うんだ」と言ってたなー。
中にある「FM」のマークのある段ボール箱。先生は富士通が好きだった。FM-8(磁気コアメモリ付き!),FM-7(kunのnew7との違いは判らなかった),FM-77(サイクルスチール早い!とか),FM-11AD2+(S1と並べてOS-9で遊んだ),FM-16βにFMR-50(ゲーム作ってnagakenたちの時間を無駄に使わせた)。大きなOASYS専用機(中古で買っていた)もあったな。
おかげでkunも会社に入ってから楽だったな..当時の研究室の様子はnagakenの「応用流体第二研究室」に詳しい。

このあとお線香を上げにお宅を伺う。
奥さんにいろいろとお話を聞かせて頂くことができて本当によかった。

先生の写真ももう一度見てから帰ってきた。茂澤先生安らかに..

《今回の道のり》
行き:
(上信越自動車道)長野IC→藤岡JCT→(関越自動車道)高崎JCT→(北関東自動車道)伊勢崎IC
→国道50号線(玉村の信号)→(東北自動車道)佐野藤岡IC→白河IC

end…


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