近場の農業用水を探索

ここのところ天気もよく温かい。二月下旬なのに。
姪にもらった自転車でその辺の散策を始めた。そもそも自転車を漕ぐチカラがだいぶ衰えていたので、なるべく平らなところを中心に。とはいえこの辺は複数の河川の扇状地から出来ていて、最終的には東は千曲川、南は犀川に向かって下り坂になっている。その一つの扇状地の上に居るので、あまり平らなところはないのが実状。どこへ出かけても「行きはよい良い、帰りは辛い」なのが実情。

少し頑張って先に扇状地を上って、浅川地区までやってきた。地名の由来でもある「浅川」がサラサラと流れていたのでちょっと休憩。

これが姪っ子からもらった自転車。アルミボディで前三段、後六段のなかなか本格的なもの。この車体の軽いこと! 高校生のころ解体屋に通って組み立てた自転車を思い出す。

少し周りを見回すと、農業用水の水路を発見した。

そういえば浅川には「太郎セギ」~「五郎セギ」という名前がついている用水路があって、小学生の頃、長期休みの自由研究かなにかで調べたことがあった。

ちょっと用水路を遡って、取水堰を見に行こうかと思い立った。
少し上るとこんなところを発見。小学生の頃は下流がどこの地域を流れているかを調べたけど、源流は見てなかった。

お、一つ見つけた。ここから分岐して「セギ」になっている。

もう少し上までいったら、こんな複雑な取水堰を見つけた。ここで三本または四本に分かれているようだ。

ふと見上げると「ブランド薬師」のお堂と左の「物見の岩」が見えた。

(ブランド薬師:元もとは「ぶーらん堂」の薬師如来さま;お堂が崖に板バネでブランぶらん懸架されていたところからの命名らしい?)

詳しくはこちら「日本の懸造り:ブランド薬師

【おまけ】

こちら「長野市デジタルミュージアム」に浅川の水利組織についてのまとめがあった。そこに左の浅川用水路の水系概念図も掲載されていた。

水量が決して豊富でない浅川の水をどうやって水田に工面してきたかをうかがい知ることができる

1980年代までは浅川地区でも目にした「分水器」。均等に、見た目にも解りやすく水を分配する仕組みに、昔のひとの知恵に本当に感心した覚えがある。

これは「円形分水(音無井路円形分水)

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